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2008年02月13日

ラバー

コンドームの隠語なんですね!

ラバーとは、ゴムのことである。 またコンドームの隠語のひとつである。

卓球のラケットに貼られるゴムのこと。


[編集] ラバーの種類
裏ソフトラバー
ボールとの接触面積が大きく、最もスピンがかかるラバー。ドライブやカットなど回転をかける打法に適している。

表ソフトラバー
ボールとの接触面積が小さく、相手のスピンに影響されにくい。また、スポンジを面で押すため、球離れが速い。スマッシュなど弾くような打法に適している。

粒高ラバー
打球時にツブが変形するため、相手のスピンを利用するが、相手のボールに影響されにくく、意外性のあるボールがでる。だが、相手の思い通りになりやすいラバーでもある。カット主戦型の選手が球質に変化をつけるために使用することもある。

アンチラバー
相手のスピンに影響されにくい裏ソフト。ツルツルしている。また、弾性も低い。両面同色が禁止になってから使用する人は減っている。

1枚ラバー
軽くて操作のやり易いラバー。スポンジが無い。低弾性のため強烈なドライブも止めやすい
(以上、ウィキペディアより引用)

初めて聞きましたけどね!

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2008年01月09日

金田一耕助

じっちゃんの名に懸けてのじっちゃんです。

身長は5尺4寸(163.6cm位)、体重は14貫(52.5kg位)を割るだろうという。コウモリに似ているといわれている(「蝙蝠と蛞蝓」より)。「本陣殺人事件」ではA・A・ミルンの「赤い館の秘密」に登場する素人探偵アントニー・ギリンガムになぞらえられている。

生涯独身であったとされるが、作品中で金田一耕助が思いを寄せた女性は二人いる。「獄門島」の鬼頭早苗と「女怪」の持田虹子である。

作者・横溝正史のエッセイ「金田一耕助誕生記」によれば、金田一耕助の風体は劇作家の菊田一夫がモデル(著書『金田一耕助の帰還』でも「一見小柄で貧相だが、うちに大いなる才能を秘めた人物」としてモデルにした旨が記されている。)であり、名前も当初は「菊田一○○」と付けようとしていたという。だがこれは菊田に失礼だろうという事で取り止めた。そこで横溝は、疎開前に住んでいた東京・吉祥寺で隣組にいた、言語学者金田一京助の弟金田一安三(やすぞう)の表札を見ていた事から前述の“菊田一”に近い苗字である“金田一”を取り、名前は“京助”を捩って“耕助”と付けた。また耕助の興奮すると頭を掻く癖は横溝自身の癖を誇張したものだそうである。
(以上、ウィキペディアより引用)

架空の人物ではありますが…。

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2007年11月26日

本文批評という事

興味深い話
本文批評ってよく知らない人必見です。

本文批評(ほんもんひひょう)とは、文献学において、ある文書の現存する写本から、可能な限り、その文書の元来の形を復元する作業を言う。本文批判、正文批判(批評)、テキスト批判(批評)、下等批評とも呼ばれる。

古い時代の文書は、多くの場合、人の手によって写される写本の形で伝わった。写本の際には、誤記・脱字のミスがあったり、また、意図的に原本から外れて書き換えられたりされたが、こうして書き写された文書が、今度は他の写本に写される。この、伝言ゲームのようなシステムは、結果として、様々な異本(ヴァリアント)を生むこととなった。世界で最も現存する写本数の多い文書は新約聖書であるが、その異本も膨大で、例えばオリジナルであるギリシア語テキストの場合、ほぼ一節ごとに異なる読み(これを「異読」と呼ぶ)があるほどである。この多くの異読の中から、オリジナルの文章(本文)を見つけることが、本文批評の主たる目的である。本文批評の結果、編集された原語のテキストを「底本」と呼び、翻訳にはこれを用いる。 旧約聖書では「ビブリカ・ヘブライカ」、新約聖書では「ネストレ・アーラント」が、底本として最も信頼されている。

本文批評の方法論で、古典的な二つの原則がある。一つは、より難しい読みがより可能性がある (lectio difficilior lectio potior) 、もう一つは、より短い読みがより可能性がある (lectio brevior lectio potior) というものであるが、実際にはどちらも当てはまらない場合が多くあり、不動の原則ではない。

本文批評が「下等批評」(Lower Criticism) と称される時は、「高等批評」(Higher Criticism) に対するもので、ここに高等、下等は、位づけに関わることではなく、上のレイヤーか下のレイヤーか、との視点からの名称である。「下等批評」学においては本文をその研究対象とし、「高等批評」学では、その基礎のもとに、著者問題、執筆年代、執筆場所、執筆目的などに関する研究を扱う。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)
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2007年11月02日

江戸川乱歩の一生

彼の小説にかける思いはすばらしいとおもいます。


三重県名賀郡右名張町(現・名張市)に名賀郡役所書記の平井繁男・きくの長男として生まれる(本籍地は津市)。祖父の代まで津藩士であった。父の転勤に伴い2歳の頃亀山町、翌年名古屋に移る。小学生のころに母に読みきかされた菊池幽芳訳『秘中の秘』が、探偵小説に接した最初であった。中学では、押川春浪や黒岩涙香の小説を耽読した。旧制愛知県立第五中学校(現・愛知県立瑞陵高等学校)卒業後早稲田大学政治経済学部に入学した。

卒業後は貿易会社社員や古本屋、夜鳴きソバ屋などの仕事を経た後、大正12年(1923年)、『新青年』に掲載された「二銭銅貨」でデビュー。
初期は欧米の探偵小説に強い影響を受けた本格探偵小説を送り出し、黎明期の日本探偵小説界に大きな足跡を残した。一方で、岩田準一とともに研究していた衆道の少年愛や少女愛、草双紙、サディズムやグロテスク趣味などへの志向も強く、これを活かした通俗的探偵小説は昭和初年以降当時の一般大衆に歓迎されたが、反面、世間が乱歩の虚像を肥大化することを嫌い本格作品執筆の意欲は衰えた。海外作品にも通じ、翻案性の高い作品として『緑衣の鬼』、『三角館の恐怖』、『幽鬼の塔』等がある。また少年向けに、明智小五郎と小林少年をはじめとする少年探偵団が活躍する作品『怪人二十面相』等を多数発表した。その他、探偵小説に関する評論(『幻影城』など)でも知られる。

戦後は評論家、プロデューサーとして活動。経営困難に陥った探偵小説誌「宝石」の編集・経営に携わる。日本探偵作家クラブの創立と財団法人化に尽力。同クラブに寄付した私財100万円の使途として江戸川乱歩賞が制定され、同賞は第3回より長編推理小説の公募賞となる。

一人息子の平井隆太郎は、心理学者で立教大学教授(のち社会学部長、現在は名誉教授)。「少年探偵」シリーズの著作権継承者でもある。孫の平井憲太郎は、鉄道雑誌『とれいん』の編集長である。江戸川乱歩が住んでいた屋敷は、立教大学と隣接していた。その縁で現在は立教大学によって「旧江戸川乱歩邸」として公開保存されている。

乱歩は、ファンにサインを求められると必ず色紙に「うつし世はゆめ よるの夢こそまこと」あるいは「晝〔ひる〕は夢 夜〔よ〕ぞ現〔うつつ〕」と書き添えたことは有名。

引用:『ウィキペディア(Wikipedia)』
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2007年10月15日

性善説について調べてみました。

性善説(せいぜんせつ)とは、人間の本性は基本的に善であるとする倫理学・道徳学説、特に儒教主流派の中心概念。人の本性に関する考察は古今東西行われてきたが、「性善説」ということばは儒家のひとり孟子に由来する。以下、中国における「性善説」について解説する。

「性」とは、人の本性やものの本質のこと。字書的にいえば、「性」という字は生まれながらの心という意味である。甲骨文及び金石文には登場しないことから、比較的新しくできた字であることが分かっている。孔子も「性相近し、習相遠し」(『論語』陽貨)と述べて「性」に言及しているが、それが積極的に論じられるようになるのは孟子の時代以降である。「性」についての概念は論者によって大きく異なり、そのことでかえって議論が紛糾したと言ってよい。先天的な本性とする説、後天的に獲得される諸能力とする説、道徳的ものを含む含まない等、多岐に渡る。「性」に関する議論を「性論」という。

中国における「性論」の特徴の一つとして挙げられるものに、それが善悪をめぐってなされたということがある。中国では「人とは何か」といった抽象的なテーマは取り上げられず、より具体的に政治意識との関連で語られた。政治と道徳とをどう結びつけるのか、もっと言えば政治権力をもった支配者の行動を如何に道徳的に規定するかということに関心が集中したのである。

なお、今日「性善説」という言葉は「人は本質として善であるため、放っておいても悪を行わないとする楽天主義」という意味で用いられることが少なくないが、本来は正しくない。、孟子も朱子も、人の「性」は善であっても放っておけば悪を行うようになってしまうため、「聖人の教え」や「礼」などによることが必要であると説いている。